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老仁

 開かれた心でそのまんま575で交心を楽しみましょうよ、と呼びかけて交心していますが、余りにも幼稚な空想しか交心できないので、独り遊びに耽っています。  楽しい独り遊びがあったら教えてくださいね。  観自在雲雀に心遊ばする   老仁

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2016年8月29日 (月)

尻取り都々逸言葉遊び交心vk1601『 雨降れば降れ無為のひととき 言葉遊びで笑わんか 』

★ 。・。・゜♪゜・。・。★ 余命の言葉あそび交心 ★ 。・。・゜♪゜・。・。★

★ 余命の言葉あそび都々逸擬きvk1601

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  雨降れば降れ無為のひととき 言葉遊びで笑わんか

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 今、覚えたての尻取り都々逸遊びに熱中しています。  鄙隠りの凡愚老仁です。

 色々言葉あそびのコミュにも参加させてもらい、色々の遊び方を学んでいます。面白い遊び方をご存じの方は教えていただけるとHappyです。  素人だから、七七七五の都々逸擬きですが、尻取り都々逸あそびが交流、共有できないものかと念じています。

 あそび方は簡単です。  七七七五のどの七の語句を使ってもいいですから、七七七五の言葉あそびを楽しんでください。  尻取りは、七七七のどの七かの言葉を入れて、七七七五を詠んでください。  楽しく言葉あそびを遊んでもらえれば嬉しいです。

 都々逸擬きですから、都々逸の本旨も作法も知らない者の言葉遊びです。  基本的なことは、七七七五の調子で言葉の積み木遊びを楽しむと思ってください。  言葉の積み木崩しでもいいんです。  子どもが積み木遊びに夢中になるように、作っては壊し、作っては壊し、無邪気に遊べればHappyです。

 交心よろしくお願いします。

 雨降れば降れ無為のひととき 言葉遊びで笑わんか   仁

 無為のひととき心は自遊 果たせぬ夢の恋遊び   仁

★ 余命の言葉あそび575rr2901

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    無為徒食なれど懸命きりぎりす

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 あちらこちらに、都々逸擬き七七七五言葉あそびを書いて、交流交心を求めてきましたけれど、素人あそびはやはり面白くもないし、好奇心も刺激しないようです。どうせ遊ぶのなら、本物について学びたいという王道が求められるのでしょうね・・・  何ごとにも王道を逸れて、素人道ばかり、真似あそびしてきた鄙隠り老仁には、交流交心を求めるのは、奇跡を期待するようなことかもしれません。  それでも、何人かの心やさしい人に巡り会えて、交心もしてもらい、色々学ばせてもらいました。そんなめぐり会いを、やはり、夢見ながら、まねごとに、都々逸もどき言葉あそびをつづけさせてもらいます。  ストリート芸人のように、ネット街道で、芸を磨くという志を、秘かにでも、持ち合わせておれば、すこしは、精進もしそうなものですけれど、そんな頑張りにはほど遠い、幼稚な言葉の積み木遊びを、ただただ、子どものように、夢中になって、あそび呆けたいと念っています。  何ごとにも中途半端に、それでもいっしょうけんめい、目いっぱい楽しんで、笑って、余生を全うできたら、自足万歳、思い残すこともないのでしょうけれど・・・

 無為徒食なれど懸命きりぎりす   仁

 己も知らず流るゝまゝに

 併せて、短い575あそびも、楽しみたいと念っています。  作法も縛りもない、素直な実感575です。  何にでも、心が動いたら、その動いた心を、自分の言葉で捉えて、そのまんま575で表してみます。ちょっとした気づきや、ふっと湧いてくる感動、おやっと思う不思議など、その瞬間の心の動きを、あるがままに、飾らずに、自分の言葉で書き留めるだけです。

 > 俳諧は三尺の童にさせよ。   芭蕉 土芳『三冊子』

 芭蕉さんの言葉ですけれど、ぼくはそのまま、子どもに還って、無邪気に、見たもの、感じたものを、そのまま書き留めましょう、と理解します。  飾らない、比べない、選ばない。心の動きのあるがまんまを、自分の感じた言葉で書き留めるだけです。  飾らないんです。その時出た言葉を書き留める。  人の作品と比べない。比べたら、素人だから、劣っているのはあたりまえ。上手な作品と比べたら、下手だから、書き留めることが嫌になり、無意味に思われます。  大切なことは、自分の心の動きを書き留めたというその事実を喜び、よう書き留めたと自分を賞めてやるんです。できのわるい子ほど可愛いという親心です。できの悪い句も本気で可愛がると、もっとかわいくなって、その子のほんとうの良さが見えてくるので、本物のおつき合いになり、だんだん見栄えもよくなってくるものです。

 > 見るにあり、聞くにあり、作者感ずるや句となる所は、即ち俳諧の誠なり。   同上  とも芭蕉さんは言っているそうです。

 難しいことは分かりませんが、心が動くということは、感動したということで、何か新しい発見があったんでしょう。何か新しい気づきがあったんでしょう。その発見、気づきを書き留めるんです。外部への気づきも発見も、新しい自分の気づきだし、新しい自分の発見です。  新しい自分の発見は、積み重なっていくと、もうこんなに面白い遊びはありません。  余生に入って、やっと、ぼくは、自分を、本気で、面白いと思うようになりました。  晩稲の自覚もあって、人に言えることではありませんが、子どものように無邪気になれば、面白いことには熱中してしまいます。

 束の間に命をつなぐ早稲の花   仁

 生涯かけて何遺すか吾

★ 。・。・゜♪゜・。・。★ 青柳仁リンク ★ 。・。・゜♪゜・。・。★

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